胆汁酸の肝細胞毛細胆管膜のATP依存性輸送について

足立 幸彦

三重大学名誉教授
桑名市総合医療センター理事長


 1982〜1983年にAlbert Einstein医科大学肝臓研究センター(Arias教授)に1年間留学し、奇しくも留学されていた井上正康先生が開発された方法でラット肝からの類洞側肝細胞膜ベジクル(SMV)と毛細胆管膜ベジクル(CMV)の精製を習得して帰国、その後は大阪狭山市の近畿大学医学部研究室で当時の大学院生の松下(小林)宏之君らと肝細胞膜の胆汁酸などの輸送観察をコツコツと続けておりました。輸送実験も熟練を要しましたが、SMVとCMVの精製だけでも2日間かかった大変な作業であったことを記憶しています。


 1989年頃だったと思いますが、ATPの添加で[3H]タウロコール酸のCMV膜輸送が思いもかけず跳ね上がったのが分かったときは、驚きとともに皆で教科書を書き換えられる世界的発見だと小躍りして喜びました。


 BSEP(ABCB11)はじめ多くのATP-binding cassette(ABC)輸送蛋白が分類されている現在の常識からは理解しがたいですが、当時は誰もATPが胆汁酸輸送の動力源との考えを持っておらず、動力源は毛細胆管膜の電位勾配であるというの が常識でした。なぜATPを添加する気になったのかはもう忘れましたが、医学の研究においては時に非常識なことも試みてみると思いもかけない結果が出ることがあります。若い皆さんには研究に集中されるなかで視点を変えてものを眺める余裕を持っていただければと思います。


 データを揃えてすぐに論文執筆に入ればよかったのですが、まずはIASL(Sep 1990, Gold Coast)へと持って行きました。以前の留学先のArias教授らからもお褒めの言葉をいただき喜びましたが、遅筆のため論文投稿は12月まで遅れ、レフェリーからの多くのクレームにrevisionを再投稿して待っているうちに、内容のほぼ同じものが翌春に他誌に投稿されたとの情報が入りました。結果的には、我々の論文(1)が発行されたのは1991年10月と後で投稿された論文(2)よりも遅れてしまったのですが、その論文がArias教授の研究室からであったことに大変驚かされました。一方、ドイツのKeppler教授らも同時期に同じ結果を発表され(3)、この分野でも研究競争の激しさを再認識した次第です。新知見を国際学会に持っていくときには、論文の投稿が済んでいるくらいであることが必須だということが教訓として残りました。


 屋台を引いて営業しているような小規模な研究室では、その後の輸送蛋白の同定や遺伝子レベルでの研究といった世界の急速な進歩にはついについていけませんでしたが、一時期でも毛細胆管膜の能動輸送の研究で世界のフロントランナーとなれたことはよい思い出となりました。


文献

 1. Adachi Y, Kobayashi H, Kurumi Y, et al. ATP-dependent taurocholate transport by rat liver canalicular membrane vesicles. Hepatology. 14: 655-659, 1991.
 2. Nishida T, Gatmaitan Z, Che M, et al. Rat liver canalicular membrane vesicles contain an ATP-dependent bile acid transport system. Proc. Nat. Acad. Sci. USA. 88: 6590-6594, 1991.
 3. Muller M, Ishikawa T, Berger U, et al. ATP-dependent transport of taurocholate across the hepatocyte canalicular membrane mediated by a 110-kDa glycoprotein binding ATP and bile salt. J. Biol. Chem. 28: 18920-18926, 1991.