序文
我が国における近代的な胆汁酸研究は岡山大学生化学の清水多栄教授から始まった。それまでにも熊胆として知られる熊の乾燥胆嚢が古くから漢方では用いられていたが(高木敬次郎他編、和漢薬物学、南山堂)、伝承的な薬に過ぎなかった。
清水多栄教授は各種動物の胆汁酸や胆汁酸の持つ生理的意義などを研究され、その中の一つとして上述の熊の胆汁からはウルソデオキシコール酸を単離し構造も決定された。これらの研究は鳥取大学の山崎三省教授や広島大学の数野太郎教授などに引き継がれ、その後日本各地での胆汁酸研究に発展した。清水多栄教授による胆汁酸代謝の研究は主に鳥取大学の山崎三省に引き継がれ、これはやがて鳥取大学ステロイド研究施設の設立に発展した。また、清水多栄教授による各種動物の胆汁酸についての研究は広島大学の数野太郎教授、次いで穂下剛彦教授の両生類や魚類など多くの動物の胆汁酸や胆汁アルコールの単離及び構造決定という研究に引き継がれ、更に宇根瑞穂教授に受け継がれている。詳細は本書に収録した「猪川嗣朗記:山崎三省先生の業績」、「穂下剛彦記:数野太郎先生の主要業績」、及び、「宇根瑞穂記:穂下剛彦先生の業績」に詳しい。
一方、我が国では胆石症に関する研究が東北大槇哲夫教授ら(1961〜)、あるいは九大 三宅博教授ら(1942〜)、更に三宅博教授を継いだ中山文夫教授ら(1963〜)により古くから研究されていた。ケノデオキシコール酸がコレステロール胆石の治療に有効とする研究は Danzingerら(1972)により欧米で始められたが、熊胆の成分であるウルソデオキシコール酸が更に有効な治療薬になる事が我が国で明らかにされた(牧野勲ら 1977、菅田文夫・清水盈行 1974、その他)。なお、ウルソデオキシコール酸はツキノワグマに存在し北極熊には無いと流布されているが、実際には北極熊も含め熊科には広く存在している(Hagey LR et al, 1993)。
日本の胆汁酸研究にはエポックメイキングな成果が数多く報告されている。他にも有るであろうが、代表的なものを列記すれば以下の如くである。
日本における胆汁酸研究の成果は本記録に纏めた如く各研究者の手記に詳しく述べられている。本記録ではほぼ百年の日本における胆汁酸研究の成果を集約したが、今後の研究の資となれば幸いである。
(注:研究者の名前の後の年号は、少なくともこの年にその報告があるとの意で、それより以前に関連する論文が発表されていることもある)
年表についてはWeb版の公開に伴い情報を一部更新しました。