数野太郎先生の主要業績

穂下 剛彦


A. 岡山医科大学清水教室在籍時代 (1932~1945年)

 この時期に清水教室から発表された論文の多くに、数野先生が何らかの形で関わっておられたものと推測されますので、数野先生が共著者である か否かを問わず、その主要なものの全てを網羅しました。そのため、むしろ清水多栄先生の業績集のようになりましたが、そのほうが本来の目的に適っているように思い、このままお届けすることにしました。



B. 広島医科大学、広島大学医学部教授時代 (1945~1970年)

 この時期に数野教室から発表された論文は全て数野先生の指導の基に実施されたものですが、当時の医学部の学位論文は単独著者であることを要求していたという事情も有って、数野教授が共著者になっていない論文が相当数あることをお断りしておきます。