胆石形成の過程

五十君 裕玄


 Classical physical chemistryは平衡状態を前提に組み立てられている。其れに対し生物学において平衡状態に適応出来るのは死の直後だけであり、現在のBiologyにおけるPhysiologyやBiochemistryは生体の流動性を考えた上で成立する事が基本になっている。一つの平衡状態を表す簡単な例としてClassical pure science の世界ではEmulsionとSuspensionは明確に区別され、液体中液体の懸濁液をEmulsionと呼び、液体中個体の懸濁液をSuspensionと呼んできたが、現在では、このどちらにも属さない懸濁溶液の存在が確認され、単純には区別出来ないようなっている。さらにPure scienceの世界では、専門毎で同じ状態の事を独自の用語で呼び、Applied scienceの薬学や医学では混乱が起こっている。著者等の研究においてもこの混乱から一般に受け入れ難く思われている胆汁酸物理化学を、本誌の出版にあたり界面化学の面から可能な限り整理してみたい。


 小学校高学年で習った胆汁の役割は「消化酵素ではないが、油性の食物の消化に当たり消化酵素の働きを助ける」というものであったと記憶している。高等学校になるとこれは胆汁中の胆汁酸がミセルを形成し食物中の脂溶性物質を分散して消化酵素との接触を容易ならしめていると習った。


 小生が医学部を卒業し九州大学第一外科学教室に入局した頃、教室のメインテーマは胆石の成因に関する研究で、多くの業績が発表されていた。小生がGS会と呼ばれていていたその研究グループに配属され、胆汁酸物理化学、即ち胆汁酸溶液の界面活性作用を学ばなければならなくなった。人の胆汁中に含まれる胆汁酸はコレステロールの代謝物であり、一次胆汁酸としては、Cholic acid(CA)とChenodeoxycholic acid(CDCA)が有り、腸内細菌によってステロイド骨格の7α位の水酸基(OH)が外れた二次胆汁酸のDeoxycholic acid(DCA)と Lithocholic acid(LCA)の4者が一般的だと考えられて来た。実験によると界面活性作用が最も強いのはDCAであり、単独では腸内粘膜を刺激するほどの作用があり、次いでCDCA、CAの順で、LCAに至っては殆ど界面活性作用を有さないばかりか肝毒性が有るとされている。


 一方、日本を含むアジアでは、昔から急激な腹痛、癪の特効薬として熊の胆嚢を乾燥させた、所謂、熊の胆が漢方の高貴薬として用いられた歴史が有る。この主成分がUrsodeoxycholic acid(UDCA)であるという事を岡山大学教授で当時ノーベル賞候補だった清水多栄先生が証明された。CDCAの7位の水酸基がαであるのに対し、UDCA は7βで、両者は立体異性体である。日本では早期から合成に成功し、ウルソ酸の名前で市販されてきた。このUDCAが微量ながら人の胆汁中にも存在している事を当時のGas Chromatographyを使って証明、発表したのが小生とUDCAの関わりの最初である。


 これら胆汁酸はGlycine又はTaurineと結合して胆汁中に存在し、タウリン抱合体の方が水溶性は高い(生体条件下で)。さらに、胆嚢胆汁の大部分(90%)は水であり、主成分は胆汁酸、Phosphatidylcholine(Lecithin)、胆汁色素としてのBilirubinglucuronideと胆石の主成分である Cholesterol monohydrateである事は周知の事実である。成分のうち胆汁酸塩、Lecithin、さらにはCholesterolまでもが両親媒性物質(水と油に親和性がある物質)と考えられる。その中で測定可能な界面活性作用を持つのは胆汁酸であり、生体内の代表的な界面活性剤として昔より有名である。その為、水、胆汁酸、Lecithin、Cholesterolの正三角錐を考え、水90%の所の正三角形のところでミセルゾーンの範囲を描き、胆石症が無い人の胆汁中の各成分はこのミセル領域内にあるのに対し、胆石症患者の胆汁では領域外にある事がBoston UniversityのDonald H. Small等によって発表され、以後これをSmallのTriangleとして研究者の間では認められ、現在も専門教科書には書かれている。


 当時までの胆嚢内胆石症(大部分がcholesterol胆石)に対する唯一の治療法は外科的に胆嚢を胆石ごと摘出する胆嚢摘出術であった。それに対し1973年UCLAのAlan F. Hofmannが経口的に胆汁酸を服用させ、胆汁組成自体をミセル領域に変化させる事によって、Cholesterol主体の胆石を可溶化し、溶解せしめたという論文を発表し、大きなトピックスになった。その胆汁酸はCAと同じ人の一次胆汁酸であるCDCAを服用させる方法で、胆石症の治療が外科から内科に移るかと期待された。ところが本剤使用後当然な事ながら下痢を来す症例が多い事が報告され、次第に期待通りの成績が得られず、臨床応用が中断した。


 ところが日本を含むアジアでは昔から「熊の胆」として知られるUrsodeoxycholic acid(UDCA)が腹痛の薬として用いられており、以前からUDCAを服用させていて、胆石を持っている症例をretrospectiveに調べてみると、CDCAと同じような効果がある事が、旭川医科大学の牧野 勲教授と昭和医科大学の菅田文夫教授等によって確認され、これの副作用が無い事は歴史的にも証明されていたため、日本薬局方に胆石溶解剤として収載され現在に至っている。


 しかし、胆石症の治療は腹腔鏡下での胆嚢摘出術が開発され、1992年PhiladelphiaのSoper N. J. 等による「Laparoscopic cholecystectomy. The new 'golden standard'?」という論文の発表以来、急速に普及し、現在では本当に胆石症治療のGold standardとして、確固たる地位を得るようになった。腹腔鏡下の手術の基本は臍から観察用portを入れ、摘出に必要な鉗子を入れる数個の穴にportsを入れるだけで済む為、侵襲が少なく、その為痛みも軽度で、入院日数も大幅に短縮出来、手技の確立と共に外科的手術の中でも最も簡単な手術とされ、今では初心者でも行えるように思われている。その為か、胆石症の内科的治療は顧みられる事がなくなり、まして胆石の成因論に関する論文などは久しくお目にかからない。


 ここで話をUDCAの効果に就いて検討してみたい。臨床例で、ある程度の胆石溶解の効果は認められたものの、UDCAのミセル形成能力がCDCAに比べて殆ど無い事を著者が発表して以来、臨床効果が何故得られるかが謎であった。恩師であるDr. SmallやDr. Careyから、それを証明するのはお前の仕事だと言われ実験を重ねたが、如何してもSmallのミセル三角形理論では証明する事ができなかった。そこで、経時的なCholesterol溶解?(可溶化)の実験を繰り返していたところ、UDCAとLecithin溶液中に個体化して浸漬していたCholesterol monohydrate tabletの表面を半透明な溶液層が取り囲んでいることに気付き、偏光顕微鏡で観察したところ、そこには液晶が形成されていた。あくまで偏光顕微鏡下での観察であったため、結晶光学的に他成分系液晶として発表した。これを生物学的に見ればLecithinを主体とするBilayerであり、Bilayerが安定化する為Spacerとして、CholesterolやUDCAを取り込み球形になろうとして、これを生物学的に表現すると一般に言われるVesicleである。Pure scienceにおいて、各専門分野で独自の命名をして、観察した物を独自の呼び方で表現し、相互理解が遅れている原因と思われる一例である。


 要約すると、UDCAがCholesterol胆石を溶解?可溶化?するのは、Lecithinを主体とするBilayerがその系でより安定になる為、SpacerとしてCholesterolを取り込んだ現象である。液晶と言っても大きく2つに分類される。1つはThermo Dynamic Liquid Crystalで理科系の基礎化学実験の時Cholesterolの融点測定実験で経験している筈である。融点の148〜150℃直前からCholesterol結晶が黄色味を帯びた飴状になり、次いで無色透明な液体に変わる。この時の飴状の物質が「温度依存性の液晶」である。これに対し「多成分系液晶」はLyotropic Liquid Crystalと表現される通り、幾つかの成分の混入によって出来る液晶の事で、これ等の組み合わせにより、現在我々が目にしているテレビや携帯電話の画面に応用されている。


 ここで重要な事は、UDCAも一つの胆汁酸として他の胆汁酸と同じような性質を持つと考えられる事である。 水に溶け難いUDCAは、排泄時にLecithinの排泄を促し、更には腸肝循環もしている。(未完)



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