胆汁酸と私

木村 昭彦

久留米大学小児科


胆汁酸への興味

 私が胆汁酸に興味を持ったのはReye症候群(アスピリン(サリチル酸)が原因で起こる2次性ミトコンドリア障害による急性脳症)の研究が一段落ついた時でした(1980年代前半)。このReye症候群は風邪症状の後、黄疸のない急性肝不全、意識障害を起こす疾患で、何故、急性肝不全で黄疸が起こらないのだろうと...悩みました。そこで、私の考えたのがミトコンドリア障害に伴う胆汁酸代謝の異常?でした。ビリルビン代謝は保たれているので黄疸はなく、胆汁酸代謝異常に伴う肝障害?... 事実、当時は胆汁酸代謝にはそれほどペルオキシ ソームは関わっていなく、ミトコンドリアが主と考えられていました(ペルオキシソーム欠損症のZellweger症候群が確定診断されたのが 1991年)。
 勿論、胆汁酸研究をやるからには当時も原因が解っていなかった胆道閉鎖症を胆汁酸からアプローチして何か発見できないかと考えていました。



恩師藤間貞彦先生との出会い

 さて、胆汁酸研究を始めるにあたり何をどう学ぶか?そのころ小児科胆汁酸研究のパイオニアで現在胆汁酸研究会の世話人の一人である入戸野博先生(当時、順天堂大学小児科講師)に相談したところ、「これからは、GC-MSを用いた分析が必要になるから、東日本学園大学(現、北海道医療大学)薬学部薬品分析科の藤間貞彦教授が良いのでは?」と紹介された。当時、私は全く知りませんでしたが、藤間貞彦先生は1β水酸化胆汁酸を合成され、この分野では世界でも有名な教授でした。このような先生に直接指導を受けられるとは幸運でした。昭和62年(1987年)6月より、GC-MSを用いた胆汁酸分析方法の習得とコール酸のd体の合成をさせて頂きました。当然、それと同時に胎児性胆汁酸(1β水酸化胆汁酸、3β不飽和胆汁酸)の測定意義、生理的役割等を教えて頂きました。これが私の胆汁酸研究の第一歩です。



久留米大学での胆汁酸研究スタート

 さっそく大学に戻り藤間貞彦先生から戴いた標品を用いGC-MSで胆汁酸分析をスタートさせました。1検体測定するのに前処理に2日間、さらに測定に1時間と大変な作業でした。それでも、正常新生児、乳児期を中心に尿と便を採取し分析(定量)しました。これらの1β水酸化体胆汁酸の発達的推移はHepatology(1994; 20: 819-824)へ投稿しacceptされました。これがわれわれの胆汁酸研究の第1号であり、この研究をしたのが牛島、山川先生でした。
 実は、この論文は私が平成2年(1990年)4月からアメリカシンシナチ小児病院に留学中に書き始め、帰国後完成させたものです。留学中は残念な事にUDCA療法の臨床治験には参加しましたが、基礎的な胆汁酸研究をSetchell KDRのところで行うことは出来ませんでした。しかし、胆汁酸代謝異常症(3-oxo-∆4-steroid 5β-reductase欠損症)との出会いがあり、また、新生児期の尿中に多量に検出されるケト胆汁酸と言う非常に面白い存在を知るきっかけになりました。


 帰国後、新たな研究「尿・便中ケト胆汁酸の新生児・乳児の発達的推移」をスタートさせました。これと同時に胆汁酸代謝異常症の発見に注意をはらいました。そして、井上先生が2つの胆汁酸代謝異常症(3β-hydroxy-∆5-C27-steroid dehydrogenase/isomerase欠損症(Acta Pediatr Jap 1998; 40: 638-640)、3-oxo-∆4-steroid 5β-reductase 欠損症(Eur J Pediatr 1998; 157: 386-390))を発見し(この時点では遺伝子検索はされていない)、そしてこの研究を完成させました(Arch Dis Child 1997; 77: F52-F56)。その後、われわれは、未熟児の尿・便中胆汁酸組成、妊婦の出産前後での胆汁酸組成の変化、胆汁酸代謝異常長のケノデオキシコール酸療法などの研究を大和、前田、松下先生らと行いました。



胆汁酸代謝異常症の診断・治療と遺伝子検索

 平成10年(1998年)から17年(2005年)の間はほとんど研究が出来ない状態でした。とは言うものの胆汁酸研究所(順伸クリニック、入戸野博先生)と協力体制をとり、原因不明の胆汁うっ滞症の胆汁酸分析をスタートさせ1例1例積み重ねて行きました。そして、数例の胆汁酸代謝異常症疑い症例を発見しました。これは、非常にワクワクする期間でした。
 そして、ついに遺伝子検索を行える状態になりました。その中心になった先生は、植木、水落先生でした。彼らにより3β-hydroxy-∆5-C27-steroid dehydrogenase/isomerase欠損症(Pediatr Res 2010; 68: 258-263 )、3-oxo-∆4-steroid 5β-reductase 欠損症(J Gastroenterol Hepatol 2009; 24: 776-785)、oxysterol 7α-hydroxylase欠損症(J Pediatr Gastroenterol Nutr 2008;46:465-469, Liver Transpl 2011; 17: 1059-1065)の遺伝子診断を行い、さらに、関先生による3-oxo-∆4-steroid 5β-reductase欠損症のCDCA療法について、柳先生の2次性3-oxo-∆4-steroid 5β-reductase欠損症の新たな診断法についての研究へ発展した。これらは、すべて胆汁酸研究所(順伸クリニック、入戸野博先生)との共同研究である。さらに特記すべきは、これらの研究により英国のClayton PT(J Inherit Metab Dis 2014; 37: 851-861)やスエーデンのSjövall J(J Clin Invest 2014; 24: 4829-4842)らとの共同研究への発展でした。これは、考えても見なかった事で、非常に喜ばしい事でした。


 最後に、これらの研究全てが藤間貞彦先生とその教室の先生、すなわち、黒沢隆夫教授、馬原礼二郎先生、村井毅先生によって合成された貴重な胆汁酸標品によるものであり、深謝すると共にこれからの御協力もお願い出来ればと思っています。また、私の胆汁酸研究のために快く教室に研究機器を揃えて下さった山下文雄名誉教授、吉田一郎教授に感謝致します。


業績