久留米大学消化器内科での胆汁酸研究史

神代 龍吉


 昭和52年に旧第二内科の教授となられた谷川久一先生は、反復性肝内胆汁うっ滞症をはじめとする胆汁うっ滞の臨床に強い興味を示されていた。厚生省特定疾患難治性の肝炎・胆汁うっ滞調査研究班のメンバーとして、「急性肝内胆汁うっ滞症に対する副腎皮質ホルモンの効果」(同研究班昭和52年度研究報告 1977)や「種々の薬物による実験的肝内胆汁うっ滞の研究: ことにmembrane associated cytoskeletal systemの変化を中心に」(同研究班昭和52年度報告書 1977)などの報告に見るように、臨床的観察はもちろん、電子顕微鏡による微細組織学的研究手段も駆使しての研究体制が敷かれていた。


 臨床では当初は胆汁酸製剤(ウルソデオキシコール酸)による胆石溶解の研究(谷川久一 1978)、大量飲酒者の血清胆汁酸(前山豊明 1978)などに始まり、実験では実験的肝内胆汁うっ滞症に対するフェノバルビタールの効果(安倍弘彦 1976)、ethynyl estradiolの実験的肝内胆汁うっ滞に及ぼす影響(前山豊明 1977)といった研究が行われた。このころ胆汁排泄のうち胆汁酸非依存性分画のエネルギーを供給する Na-K ATPaseの肝細胞内局在を研究していた池尻直幹は、電顕を駆使してそれが類洞側にあることに気づいたが、当時学説として優勢だったYousef IMらの毛細胆管膜局在説と真っ向から対立する結果だったので、発表を躊躇し、原稿は長らく机の中にしまわれたままであった。その後、Boyer JLらによってNa-K ATPaseは類洞側に局在することが明らかにされた。電顕を用いた研究では、ヒトの胆汁うっ滞症でmicrofilamentの変化に続いて毛細胆管膜の蛋白粒子も移動し、tight junctionに形態的・機能的変化が起っていることが分かった(松本博 1982)。


 神代龍吉は1987年に灌流肝や胆汁漏ラット肝の肝組織内胆汁酸量を測定し、胆汁酸プール量が減っても肝内にはデオキシコール酸が多く残ることから、これが胆汁分泌の原動力になっているのではと考えた。


 一方、実験手段として肝細胞培養の技術を確立した向坂は、胆汁酸の膜障害性についてケノデオキシコール酸とウルソデオキシコール酸を培養肝細胞周囲に与え、ウルソデオキシコール酸の膜障害性はケノデオキシコール酸のそれに比して有意に少なく、また同時にリン脂質のポリエンフォスファティディルコリンはケノデオキシコール酸の膜障害性を緩和するという結論を得た(向坂彰太郎 1983)。この結果は胆汁うっ滞時の膜障害を緩和する物質の探求への興味を引いた。教室の古賀はethynyl estradiolによる胆汁うっ滞ラットにウルソデオキシコール酸を投与すると胆汁流量が増すとともに、培養肝細胞の培地に加えたタウロウルソデオキシコール酸がタウロケノデオキシコール酸による膜障害を緩和することを発表した(1987)。吉武正男は同じ年に、培養肝細胞に胆汁酸を加え経時的にALP活性を見たが、ALPは細胞接合部や毛細胆管に強く発現し、胆汁酸がALP産生を誘導する可能性を示した(1987)。


 慢性肝内胆汁うっ滞である原発性胆汁性肝硬変(2016年からは原発性胆汁性胆管炎と名称変更)に対する経口のウルソデオキシコール酸の有用性は、和田達郎とフランスのPoupon Rが同じ1987年に発表した。PouponはLancet に投稿し、和田は「臨床と研究」に日本語で出したので、世界的にはPouponが嚆矢とされ、とても残念であった。


 胆汁酸の腸肝循環に注目して経口的胆汁酸負荷後の血中胆汁酸レベルを測定することで、回腸末端での胆汁酸再吸収能を類推することができる。佐々木英は小腸大腸クローン病、腸結核、回盲部切除例に600mgのウルソデオキシコール酸を経口負荷したところ、120分後の血清胆汁酸が健常例に比べて有意に低いことを示した(1984)。


 重症の肝疾患(劇症肝炎や非代償性肝硬変)などでは腸内細菌叢由来のエンドトキシンが血中に現れ、肝障害の増悪や多臓器不全に繋がるが、エンドトキシンがしばしば陰性になることが知られていた。そこで岩崎正高は1981~82 年に血中で胆汁酸濃度が増すとエンドトキシンの活性が低下する現象を示した。特にデオキシコール酸はエンドトキシンによるPregel凝固を強く阻止したことから、その機序は界面活性作用によるものと考えられた。


 このように久留米大学第二内科(その後、消化器内科)の胆汁酸研究は胆石溶解、胆汁分泌機構、胆汁うっ滞の基礎・臨床、膜障害性、腸肝循環、エンドトキシンの不活化など臨床の教室が遭遇する種々の課題に挑戦していった歴史と言える。このころの実験研究はすぐに臨床への応用ができ、臨床研究としての興味は今以上に身近にあった。



参考文献

谷川 久一




松本 博




安倍弘彦




前山豊明




和田達郎




岩崎正高




江口尚久




池尻直幹




神代龍吉




里見隆彦




佐々木 英




吉武正男




向坂彰太郎




原田 大




古賀郁利子




浜田隆臣




日野雄二