胆汁酸研究を振り返る

中嶋 俊彰

済生会京都府病院名誉院長
京都府立医科大学臨床教授


まえがき

 昭和52年に京都府立医科大学第三内科の肝臓研究室に入って、当時の研究室の弱点だった代謝的実験テクニックを習うために薬理学教室に派遣された。そこではタウリンの研究がさかんに行われていたため、肝臓とタウリンの関連ならタウリン抱合胆汁酸だという訳で、私の研究テーマは胆汁酸になった。当時の実験的研究はロゴス(論理)よりもパトス(情熱)が重視され、分析法を工夫しては手当たり次第に測定するというもの。考え方が間違っていても実験結果は常に正しいと教えられ た。ラットの四塩化炭素肝障害にタウリンを後投与すると治療効果が出るが、前投与しておくと肝障害が悪化する想定外の成績を得て驚いた。これより過酸化脂質や酸化ストレスに興味を持ち、後のウルソデオキシコール酸の抗酸化ストレス作用の研究に結びつくことになった。
 胆汁酸はデタージェントであるため生体膜に直接的に影響して、肝細胞レベルの障害実験ならびにESRやNMRを駆使した生体膜流動性の実験では、期待通りの結果が得られた。一方、臨床家の研究は臨床のアイデアに基づき行うべきだと繰り返し指摘されていた。胆汁酸は臨床応用がきくのが魅力で、ルーチーンで血清総胆汁酸(TBA)値が測定できた古き良き時代だったから、消化器疾患患者の日内・日差変動に深い意味が見て取れて楽しかった。異常胆汁酸の研究はメタボリック・ノイズと 陰口をたたかれたが、他人が気づかない知見が得られれば結構満足できるものだった。
 ところで最近の研究は、論文から始まる研究すなわちロゴスによる研究が多くて、私の不勉強もあるが、熱意が感じられず面白みがないように思う。さらに昨今の医療情勢は臨床家が落ち着いて研究できる環境ではない。せめて肝疾患治療薬として活躍しているウルソデオキシコール酸の研究だけは絶えることなく発展し、患者さんに役立ってほしいと願っている。
 本稿では、私たちの胆汁酸研究グループが得た知見について、論文を引用する形で簡単に内容を列挙した。共同研究者の氏名は各論文に出ているので割愛したが、お世話になった先生方には心から感謝の意を述べさせていただきたい。



1.肝臓・消化管疾患における血清中胆汁酸、組織内胆汁酸の変動

 血清中胆汁酸の食前食後の日内変動ならびに日差変動を総胆汁酸、PHP-LH-20カラムを用いる非抱合、グリシンおよびタウリン抱合胆汁酸のグループ分離法を用いて酵素法(TBA)で検討すると、肝硬変では食後に鋭いTBA上昇パターンを認め、blind-loop syndromeでは腸内細菌増殖により非抱合胆汁酸優位の緩やかな日内変動を認めるなど、病態特有の胆汁酸の日内変動が明らかになった。また、病態の改善により変動パターンが経日的に正常化するなど、臨床的意義が認められた。 肝がん患者の血液中胆汁酸と外科的切除時に得た肝がん組織中胆汁酸を解析すると、ケノデオキシコール酸優位の成分が認められた。また、剖検腸管組織と大腸ポリープ組織の組織中および組織付着胆汁酸の成分を分析した結果、回腸などの胆汁酸吸収部位を中心に高濃度のケノデオキシコール酸系の胆汁酸分布を認めた。がん組織における胆汁酸代謝の変化、胆汁酸のポリープ発生への関与などが推測された。




2.非抱合、タウリン抱合、グリシン抱合胆汁酸各成分の一斉分析法

(1)ラット胆汁酸の一斉分析法の開発

 ラット胆汁を用いる実験に供するために、PHP-LH-20カラムを用いる非抱合、グリシンおよびタウリン抱合胆汁酸のグループ分離法と組み合わせて、シリコンAN-600カラムを用いるガスクロマトグラフィ法およびガスマス法を新たに開発した。同法を用いてラット胆汁中に側鎖に二重結合を有するβ-ムリコール酸を見出した。



(2)ラットin vivo肝からのタウリン抱合胆汁酸の逆流現象(parapedesis)の観察

 一旦肝細胞に入った胆汁酸の一部はDisse腔へ逆流する。タウリンが肝でのみ抱合されることを利用して、胆汁ドレナージを施したラットに同位元素標識を付けたタウリンを投与して、PHP-LH-20カラムを用いて非抱合、グリシンおよびタウリン抱合胆汁酸を分離して、肝臓から血中へのタウリン抱合胆汁酸の逆流(parapedesis)を証明した。血中胆汁酸の約30%が逆流によることが示された。




3.ヒトにおける異常(unusual)tri-水酸化胆汁酸の動態と臨床的意義

(1)健常人の尿中unusual tri-水酸化胆汁酸

 PHP-LH-20カラムを用いる非抱合、グリシンおよびタウリン抱合胆汁酸のグループ分離法と我々が開発したシリコン AN-600カラムを用いるガスクロマトグラフィ法およびガスマス法を組み合わせて、健常人の尿中胆汁酸を分析した。その結果、従来ブタやげっ歯類などの動物に特異的に存在し、ヒトでは肝障害時に稀に少量生成されると考えられていたヒオコール酸(HCA)、ウルソコール酸(UCA)、ω-ムリコール酸(ω-MCA)などの異常(unusual)胆汁酸が発見された。さらに生後 1週間以内の新生児ではHCA、80歳以上の高齢者ではω-MCAが多く認められ、肝臓の胆汁酸代謝に年齢差があることがわかった。新生児はブタ、高齢者はラット類似の胆汁酸代謝系をもつことが示唆される。



(2)胆汁酸負荷による尿中unusual tri-水酸化胆汁酸の変化

 異常(unusual)tri-水酸化胆汁酸の生成機序は不明だが、水溶性が低く毒性のあるdi-水酸化胆汁酸の尿中排泄型である可能性が推測される。これを証明するため胆石溶解剤としてケノデオキシコール酸(CDCA)やウルソデオキシコール酸 (UDCA)を服用している胆石症患者の尿中胆汁酸を分析すると、CDCA服用者でヒオコール酸(HCA)が、UDCA服用者ではウルソコール酸(UCA)、ω-ムリコール酸(ω-MCA)が増加していた。すなわちCDCAが6α水酸化されてHCAが、UDCAが12α水酸化されてUCA、或は6α水酸化されてω-MCAが生成すると考えられた。また肝cytochrome P-450の誘導作用をもつリファンピシン服用中の結核患者では、HCA、ω-MCAが増加した。一方、cytochrome P-450活性の障害された肝硬変患者では異常胆汁酸の出現頻度は低かった。尿中の異常胆汁酸の有無は肝薬物代謝酵素活性の指標となる可能性がある。



(3)肝障害時の尿中unusual tri-水酸化胆汁酸の変化

 健常人でも尿中にはHCAやUCA、ω-MCAなどの異常胆汁酸が出現するが、これらの胆汁酸はdihydroxy胆汁酸が肝臓の薬物代謝酵素にて水酸化された排泄型のtrihydroxy胆汁酸であると考えられる。今回、肝障害の重症度と尿中の異常胆汁酸の出現率や量を比較検討した。急性肝炎の極期では出現率は低いが、回復期には出現率、量ともに増加した。PTが16秒以上を示す劇症肝炎では通常の肝炎と比べて、これらの胆汁酸の出現率が著明に低下し、経過中に異常胆汁酸が出現しない例は死亡 した。UDCA負荷を行っても肝硬変症ではUCA、ω-MCAの出現率や量は増加しなかった。肝薬物代謝酵素活性が低下していることを示す所見として尿中異常胆汁酸は有用で、生命予後の判断にも役立つ。これらの胆汁酸が生成できない状態では、前駆体のdihydroxy胆汁酸の肝毒性によってさらに肝病態が悪化している可能性がある。



(4)C型肝疾患と原発性胆汁性肝硬変(PBC)におけるUDCA効果と胆汁酸代謝

 ウルソデオキシコール酸(UDCA)の作用機序は肝病態により異なるとされているが、胆汁酸であるUDCAの臨床効果には当然胆汁酸代謝が影響すると考えられる。本研究ではC型肝疾患と原発性胆汁性肝硬変(PBC)におけるUDCA効果と胆汁酸代謝の差異を検討した。UDCA投与によるトランスアミナーゼの改善率はC型慢性肝炎とC型肝硬変で差を認めなかったが、PBCの肝病態が進展したstage 3-4ではstage 1-2に比べて改善が悪かった。腸肝循環内の胆汁酸プール量を反映する血清総胆汁酸値は、C型慢性肝炎・肝硬変とPBC stage 1-2ではUDCA投与にて約2倍に増加したが、PBC stage 3-4では増加率が少なかった。尿中に出現するUDCAが多水酸化された胆汁酸(UCA, ω-MCA)は、PBC stage 3-4で著明に多かった。結論として、PBC stage 3-4で治療効果が劣ったのは、胆汁うっ滞があるために肝臓から胆汁中へのUDCAの排泄が少なくかつ肝臓での UDCA多水酸化反応が促進して尿への排泄が増えたため、腸肝循環プール内のUDCA量が十分に増加できなかったことによると考えられる。




4.ラット単離肝細胞における酸素・カルシウムパラドックス現象と胆汁酸毒性

(1)肝細胞における酸素・カルシウムパラドックス現象の発現

 タウリンの薬理作用がカルシウムの挙動を介して発揮される可能性が心臓や脳にて示されている。本研究では肝臓における胆汁酸抱合物質であるタウリン作用がカルシウムと関連することを証明する目的で、ラット単離肝細胞にて低酸素・再酸素化による細胞障害(酸素パラドックス現象)ならびにカルシウムパラドックス現象の実験をした。
 種々の条件を設定することで初めて肝細胞でMcCordらが提唱する両パラドックス現象を発現させることができ、SOD やカルシウムチャンネル阻害剤の効果も再現できた。タウリンの添加にて両パラドックス現象が有意に防止され、細胞が保護された。カルシウムの少ない培養条件下ではタウリンの防止効果が減弱することから、タウリンは細胞膜を介するカルシウムの移動を調節して細胞の恒常性の維持に働くことが示された。



(2)胆汁酸の肝細胞毒性における活性酸素の関与

 ラット単離肝細胞の実験系において、胆汁酸の肝細胞毒性を抗酸化剤が防御する成績が得られたことから、胆汁酸毒性に酸化ストレスが関与することが示唆された。




5.胆汁酸含有漢方薬(牛黄、熊胆)の肝臓作用

(1)肝障害患者と肝障害ラットにおける牛黄、熊胆の治療効果

 漢方の動物生薬である牛黄(ゴオウ、牛の胆石成分)、熊胆(ユウタン、熊の胆汁成分)は肝臓病に効くとされる。慢性肝炎・肝硬変患者に牛黄(200 mg/日)と熊胆(60 mg/日)を投与すると、単独投与に比べて併用投与でGOT、GPTの有意な低下が認められた。また四塩化炭素肝障害ラットでは、前投与では増悪したが、後投与では肝障害の改善が認められた。



(2)肝局所の血行動態、ICGクリアランスに及ぼす胆汁酸成分、牛黄の影響

 各種胆汁酸と牛黄をラットに経口投与し、MCPD-100(ユニオン技研)を用いて肝表面から得た反射スペクトルから、ΔEr、SO2を算出することにより、in situにおける肝局所の血行動態を評価した。牛黄の主成分であるコール酸では血流量が増加するとともに酸素飽和度も増加した。牛黄やウルソデオキシコール酸では血流量の増加に反して酸素飽和度は低下し、肝代謝賦活作用があることが示された。ケノデオキシコール酸では血流量は低下したが、ウルソデオキシコール酸を同時投与すると血流量の改善が見られた。肝表面局所におけるICGクリアランス(色素の肝細胞への取り込みと肝細胞からの排泄)を臓器反射スペクトル法にて解析し、コール酸、ケノデオキシコール酸の投与では遅延し、ウルソデオキシコール酸、牛黄の投与では著明に促進した。




6.慢性肝疾患におけるウルソデオキシコール酸とグリチルリチン併用療法の有用性

 強力ミノファーゲンC(SNMC)投与にてGOT、GPT、γ-GTPの改善が不十分な慢性肝疾患患者にウルソデオキシコール酸(UDCA)の追加投与を行い、UDCA単独投与の効果と対比した。その結果、慢性肝炎では追加投与での各検査値の改善率(例えばGOTの変化率:前値[SNMCのみ投与時]に比して35%低下)が、単独投与による改善率(前値[未治療時]に比して28%低下)より優れていた。肝硬変では改善率がいずれも劣っていた。SNMCとUDCA併用による肝機能改善作用が、相加効果でなく相乗効果であることから、ステロイド骨格を有する両薬剤の薬理効果についてのさらなる検討が望まれる。
 一方、UDCA単独投与時に比べて、タウリンを内服で併用投与すると肝機能改善効果が減弱した。タウリン自体の薬効かタウリン抱合UDCAの増加による薬効かは不明である。




7.UDCAの抗酸化ストレス作用

(1)ラットin vivo肝の化学ルミネセンス(CL)に与える胆汁酸の経腸投与の影響

 好気的臓器である肝臓の障害には、多少とも酸素由来ラジカルが関与すると推測される。In vivoで経時的にラジカル-過酸化脂質反応をmonitorする方法として化学ルミネセンス(CL)法がある。本研究ではラットin vivo肝のCLに与える胆汁酸の経腸投与の影響を検討した。光を遮断した暗箱内で麻酔下で肝表面から出るプロトン量を集光ロッドをあてて数えた。デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸(CDCA)などの疎水性胆汁酸を投与すると、正常肝では肝血流の減少からCLは低下した。一方、グルタチオンやSODの欠乏肝では酸素吸入にてCLが著増し、CDCAの投与でさらに増加した。またウルソデオキシコール酸(UDCA)の同時投与はCL生成を防止した。すなわち、ラジカル消去機構が破綻した肝臓において疎水性胆汁酸による障害性が発現したが、UDCAには細胞保護作用がみられた。



(2)UDCAによるステロイド作用のmodulator効果

 ウルソデオキシコール酸(UDCA)は自己免疫性肝障害や移植片対宿主病の治療にも有効で、グルココルチコイド(GC)受容体を活性化するなど、UCDAの免疫調整作用がGC類似であることが示唆されている。しかし実際にステロイド作用の増強効果を示す研究成績はなかった。ラット培養肝細胞を用いてGC作用の指標としてチロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)値を測定すると、UDCAはデキサメサゾン存在下でprotein kinase C活性化を介してTAT m-RNAレベルを増加して、GC効果を促進させることが証明された。UDCA単独では、GC受容体を活性化させるがGC作用の増強効果は発揮できなかった。UDCAの併用でステロイド剤の使用量を減らせる臨床経験もあり、UDCAはステロイド作用のmodulatorであることが理解される。
 同じステロイド骨格を有する肝臓治療薬であるグリチルリチンにも同様のステロイド作用増強効果が認められる。肝疾患の注射薬(強力ネオミノファーゲン C)に含まれるグリチルリチン(GL)は、降トランスアミナーゼ剤として本邦で多用されている。臨床における副作用やグルココルチコイドとの構造類似性などから、GLにはステロイド様作用があるとされているが、グルココルチコイド細胞内情報伝達系へのGLの影響は検討されていない。そこでラット培養肝細胞を用いてステロイド作用の指標であるチロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)値に対するGLの影響をみた。GLの前処置では、熱ショック蛋白(Hsp 90)の発現を低下させることでグルココルチコイドの受容体への親和性を低下させて、TAT活性のピーク値発現までの時間を遅延させた。しかしグルココルチコイドを投与して受容体がすでに核内へ移行した後の時期にGLを添加すると、TAT m-RNAレベルを上げてTATを増加させた。GLの新しい薬理作用としてHsp 90の発現抑制効果が注目される。



(3)UDCAとグルタチオン代謝

 肝臓にはミトコンドリア電子伝達系など活性酸素ラジカルを生成する場が多く存在するが、チオール(-SH)含有物質によりその害が防御されている。ウルソデオキシコール酸(UDCA)が肝疾患の多方面に有効性を発揮することから、UDCAの活性酸素ラジカル消去作用について検討した。ラット培養肝細胞のviabilityは過酸化水素やカドミウムの添加で低下したが、UDCAで前処理した細胞ではviabilityの低下が防止された。UDCAに直接的なラジカル消去作用はない。UDCA処置は、SODなどの抗酸化酵素の活性には影響しなかったが、グルタチオンならびにメタロチオネインなどのチオール(-SH)含有蛋白をm-RNAレベルで合成促進し、過酸化水素やカドミウムなどの酸化ストレスから肝細胞を防御することが示された。UDCAの新しい薬効として抗酸化ストレス作用を証明した。



(4)ヒト血清チオレドキシンとUDCA投与の効果

 チオレドキシン(TRX)はグルタチオン(GSH)と同様のチオール含有蛋白であり、酸化ストレスに対して防御的に機能する。しかし大量の酸化ストレスにてGSHが消費され減少するのに対して、TRXは生合成誘導されて血中に増加してくるために酸化ストレス・マーカーとしての意義が認められる。C型肝炎ウイルス感染者の血清TRX値を測定すると、正常者に比して、無症候性キャリア、慢性肝炎、肝硬変、肝癌と肝病態が進展するにつれて値が上昇し、組織学的にも肝線維化の程度と相関した。貯蔵鉄のマーカーである血清フェリチン値とも正相関した。またTRXの高値例ではインターフェロン(IFN)投与後早期の治療効果が劣った。すなわちC型肝炎の肝病態進展とIFN治療効果に酸化ストレスの関与が示唆された。TRXはウイルスの量や 遺伝子型とは関連しないことから、IFN治療効果に関与する宿主側因子のひとつと考えられた。
 また、慢性肝疾患患者においてウルソデオキシコール酸(UDCA)の長期投与で、血清中GSH量の増加と血清TRX濃度の有意な低下が認められ、UDCAの抗酸化ストレス作用が臨床的にも証明された。




8.膜脂質流動性に対する各種胆汁酸の影響

(1)電子スピン共鳴法(ESR)を用いた検討

 両親媒性物質である胆汁酸はdetergent作用にて膜機能を変化させる。一方、胆汁うっ滞(閉塞性黄疸)時にはコール酸、β-ムリコール酸(β-MCA)、タウリン抱合型胆汁酸が肝臓にて増加する。今回、ラット肝ミクロゾーム膜の膜脂質流動性に対する各種胆汁酸と胆汁うっ滞の治療薬であるタウリンの影響を、doxyl stearic acid(DSA)-スピンラベルを用いる電子スピン共鳴法にて検討した。5-DSA、12-DSAにて各々膜浅層、膜深層の流動性を測定すると、胆管結紮ラットでは両層の流動性は著明に低下した。胆汁酸は主に膜浅層に作用した。胆汁うっ滞時に増加するβ-MCA、タウリン抱合型胆汁酸では他の胆汁酸に比して流動性が増す方向に作用することから、合目的的な胆汁酸代謝の変化であることが推測される。タウリンには直接作用はないが、タウリン抱合型胆汁酸の生成増加を介して膜流動性を増加させた。



(2)リン核磁気共鳴法(31P-NMR)を用いた検討

 生体膜は動的なリン脂質の二重層から成る。胆汁酸抱合物質であるタウリンとカルシウムの膜における直接的な相互作用を証明するために、ヒト赤血球ゴースト膜を用いてリンの易動性をリン核磁気共鳴法(31P-NMR)にて、膜脂質流動性を5-DSA脂肪酸スピンラベル剤を用いる電子スピン共鳴法(ESR)にて検討した。その結果、タウリンはリンの易動性を低下させたが、カルシウムの存在下ではこの効果は消失した。またタウリンだけでは流動性は変化しなかったが、カルシウムの存在下では低下した。 以上のことから、タウリンとカルシウムが共同して細胞膜機能に影響する可能性があり、臨床におけるタウリンの機能的役割を考える上での根拠が示された。両磁気共鳴法を組み合わせて成功した稀な研究といえる。




9.31P-NMRを用いたラット灌流肝エネルギー代謝への胆汁酸の影響

 ラット灌流肝における肝エネルギー代謝と胆汁分泌動態について31P-NMR スペクトロスコピーを用いて検討した。タウリン抱合コール酸の投与実験にて、胆汁酸非依存性胆汁分泌は肝エネルギー水準に依存した。肝エネルギー低下時には、浸透圧利胆作用のあるグルタチオン排泄不全によって胆汁うっ滞を生じる。ケノデオキシコール酸の肝への蓄積はエネルギー水準を低下させて胆汁うっ滞を生じることなどが示された。




10.胆汁中胆汁酸のNMR分析、肝臓や胆石のNMRイメージング

 胆汁酸の抱合型を含めた一斉分析は、分離カラムを使う手間が煩雑であったり、液体クロマトなどでは試料の準備と酵素固定化カラムの維持に熟練を要した。一方、胆汁中胆汁酸はリン脂質やコレステロールと混在して存在する。核磁気共鳴法(NMR)は混合物中の特定物質の構造を分析できる方法である。本研究では、プロトンNMR法を用いて胆汁中胆汁酸の分析が可能かどうかを検討した。その結果、全ての胆汁酸に共通のC18のNMRスペクトルの面積にて胆汁酸の総量が、タウリンのC24の NMRスペクトルの面積にてタウリン抱合型胆汁酸量の定量が、リン脂質やコレステロールに影響されずに可能であることが証明された。酵素法との比較でも定量性は優れており、実際のラットの実験でも正確さが示された。胆汁酸の分離定量に初めてNMR を応用した成績であり、本法にて将来は胆汁を採取することなくヒト胆嚢中胆汁酸の定量などが可能になると思われる。
 また、ラット肝ならびにヒトから手術時に採取した胆石を用いてNMRイメージングを得る基礎研究を行い、ウルソデオキシコール酸による胆石溶解過程の経時的な形態変化を観測し得た。