1970年代の終わり頃にガスクロマトグラフィー(GC)を用いて、胆汁酸分析を大学で始めていました。しかし、分析条件に問題があったためか、CDCAの標準品だけを分析するとCDCAの他にLCAのピークも検出され、用いていた測定法に疑問を持っていました。ちょうどその頃、栄研イムノケミカル社が開発したGCAのRIA法による測定を知りました。小児科の臨床には微量検体は必要条件です。直ちに乳児から年長児までの様々な検体および食前食後における変動を知るために、ミルク投与による胆汁酸の内因性負荷試験も実施。その結果、新生児期には、生理的高胆汁酸血症が存在することが判明しました。胆道閉鎖症では腸肝循環が遮断されているために、負荷試験に対して血中胆汁酸が変動しないことを明らかにしました。RIA法は多数検体の測定が迅速であり、小児科領域における胆汁酸研究が一気に拡大した印象があります。これらの成果を学会誌に報告したところ、後日、Indian J. Pediatr.から、何故か原稿依頼がありました。
現在でもそうですが、当時はBAの早期発見、早期手術が大きな課題でした。生後60日までの手術が目標であり、90日以後では極端に救命率が低下すると報告されていました。BAは、肝外胆管の完全閉塞なので臨床症状は無胆汁便(灰白色便)とビリルビン尿(茶褐色尿)と特徴的ですが、女児にやや多いためか、おむつの中で灰白色便に茶褐色尿が混ざり、診断が遅れることがありました。本邦では99%に新生児マススクリーニングが実施されており、生後5-7日頃の新生児の検査済みの血液浸染濾紙が検査センターに存在していました。そこで、BA疑いの患児が入院すると、母子手帳に記載されている分娩した病院の所在地にある検査センターへ連絡し、使用後の血液浸染濾紙の一部を貸与させていただき、濾紙血液中のGCAを測定しました。また、帝国臓器製薬(現あすか製薬)研究所の神戸川明先生のご協力により、CDCAをRIA法で測定していただきました。その結果、およそ半数のBAでは、生後5-7日では胆汁酸は有意に上昇しておらず、肝外胆管は生後速やかに、進行性に閉塞することが推測されました。この事実より、先天性という文字を削除することが望ましいと思われた。すなわち、congenital biliary atresiaからbiliary atresiaへ。そして残念ながら、胆汁酸を指標とするマススクリーニングは、不適切ということが明らかとなりました。
1980年の初め頃は、RIA法と3α-HSD固定化酵素カラムを用いた抱合型および非抱合型の15種類の胆汁酸分析が可能なHPLCシステムが相次いで開発されました。多数の正常小児の空腹時血清検体と肝胆道疾患における検体を分析して多くの知見を得ましたが、皮肉にも、1回の胆汁酸測定では、鑑別診断には役立たないことが明らかとなりました。ただし、内因性胆汁酸負荷試験による胆道閉鎖症の診断を除いて。HPLCによる様々な肝胆道疾患の分析で特筆すべきことは、原因不明の胆汁うっ滞性肝硬変の末期状態の乳児の血清中胆汁酸分析の結果、重症な肝不全状態でも、アミノ酸抱合はしっかりと保たれていることでした。後に、研究グループの新島新一先生と有阪治先生の論文がSherlockの8th editionに引用されました。
家兎の耳静脈から遊離型と抱合型の6種類の一次胆汁酸混合液(各胆汁酸は2.5 mg/kg、総胆汁酸量は15 mg/kg body weight) を投与して、肝外胆管にカニユーレを装着し、経時的に採血と胆汁採取をする実験を行いました。その結果、TCDCAは最も肝に取り込まれやすく、CDCAは肝への取り込みが最も悪かった。つまり、血中からのCDCAの消失が遅かった。興味深いことに、投与したCDCAは胆汁中に出現するピークは15分でしたが、他の胆汁酸は10分でした。しかも、CDCAはグリシン抱合されて排泄されていましたが、CAはそのまま胆汁中に排泄されていました。
3α-HSD固定化酵素を用いたHPLCでは、そのままでは硫酸抱合型胆汁酸は分析できませんでした。そこで、尿検体をsolvolysisを行った検体(A)とsolvolysisしない検体(B)を分析し、A-Bにより硫酸抱合型の胆汁酸を分析しました。この簡易な測定法はJPGNの編集者から褒めていただきました。
牧野 勲先生から藤間貞彦先生をご紹介いただきました。そのご縁で、周生期の胎便、羊水、母体血、臍帯血などの検体提供をさせていただいたおかげで、1β水酸化体や6α水酸化体の発見に少しだけでも関与できたことは、大変に光栄でした。
小児科領域でもUDCAを用いようと考え、もともと胆汁酸の毒性が大学院時代の研究であったために、慎重に術後胆道閉鎖症患児にタウリンとともに投与しました。利胆効果を中心にUDCA投与の経験をまとめて報告しました。現在では、術後胆道閉鎖症にはUDCAは普通に投与されています。
1996年の第4回の日本小児胆汁酸研究会において、久留米大学の木村昭彦先生が発表された5β-reductase欠損症の疑い症例は、私に強烈な衝撃を与えました。胆汁酸分析で診断ができる疾患にようやく巡り会えた気がしたのです。そして胆汁酸の毒性による肝障害の可能性も示唆され、興奮しました。正にこの演題が、開業をしていた私を、本邦における先天性胆汁酸代謝異常症のハイリスクスクリーニングの実施へと導いたのです。木村先生との共同研究を木村先生、藤間先生、そして東京都予防医学協会の松本 勝先生にお願いして、平成8年7月から開始しました。多くの論文は久留米大学の木村先生の研究班から報告されているので、木村先生が報告すると思います。そしてスクリーニングを開始して10年経過し、結果をまとめて報告しました。
先天性胆汁酸代謝異常症のハイリスクスクリーニングを開始して初めて発見された症例が、2名の正常児を出産したので、その症例の治療効果と臨床経過を報告しました。
日本大学文理学部化学科の飯田先生のご厚意により、アミノ酸抱合型のケト型胆汁酸をいただき、LC-MS/MSで抱合型のケト型胆汁酸の分析が可能になりました。その後、GC-MSとLC-MS/MSによる尿中ケト型胆汁酸の分析値を比較した研究をまとめて報告しました。
胎便中には多量の硫酸抱合型胆汁酸が存在しますが、新生児の胆嚢中胆汁酸にはほとんど存在しません。そこで、胎便中の硫酸抱合型胆汁酸は羊水由来であるとする研究を成高先生がまとめました。
最後に、私たちの研究は、小児における生体試料中の胆汁酸分析が主な対象です。神戸川明先生、藤間貞彦先生、黒沢隆夫先生、村井 毅先生、飯田 隆先生などの基礎系の先生方のご協力がぜひ必要ですので、これからもよろしくお願いいたします。
有阪 治/小児における胆汁酸の腸肝循環(RIA)
佐々木栄一/胆道閉鎖症のマススクリー ニング(RIA)
新島 新一/小児血清胆汁酸の発達(HPLC)
渡辺 豊彦/小児肝における胆汁酸 のクリアランス(HPLC)
大日方 薫/小児尿中硫酸抱合型胆汁酸分析(HPLC)
成高 中之/胎児、新生児腸管内容物中胆汁酸分析(LC-MS/MS)