鳥取大学医学部生化学教室における胆汁酸研究

小倉 嘉夫

神戸女子大学教授


 私は1980年に鳥取大学医学部生化学教室に助手として着任し、小倉道雄教授のもとで胆汁酸研究をスタートした。鳥取大学医学部生化学教室の胆汁酸研究は1948年に前身の米子医科大学における山崎三省教授の着任から始まる。その後胆汁酸研究は、1971年から直弟子である小倉道雄教授、1995年から山田一夫教授と引き継がれる。山崎三省教授については別項で詳しく記述されているので、小倉道雄教授時代からの胆汁酸研究について述べる。


 学内で胆汁酸研究は、生化学教室の他にステロイド医学研究施設の生化学部門、化学部門、また臨床系では、外科、内科など多くの教室で行われていた。生化学教室では山崎三省教授から一貫して胆汁酸の生合成及び胆汁酸の分析法が主なテーマとして引き継がれていた。小倉道雄教授は1983年に文部省在外研究員としてドイツに留学の折に、摘出肝灌流法の有用性に着目され、帰国後独自の摘出肝灌流用ガス交換器を開発し(1)、ラットを用いた胆汁酸代謝の研究に応用された。余談であるが、小倉道雄教授は外国語に堪能で、英語、ドイツ語はもちろんのこと、エスペラント語にも精通されておられる。ドイツ語の雑誌に投稿された際、ドイツ語の文法に誤りがあると指摘を受けた時、そちらが間違っていると反論され、相手側が間違いを認めたことがあった。また退官前には、見たことがないエスペラント語で書かれた胆汁酸に関する論文も執筆された(2)。


 私が着任した当時はまだ核内レセプターに関する情報がなく、分子生物学的アプローチが低調だったころで、私が興味を抱いていた問題は、どのようにして胆汁中胆汁酸組成の変化がおこるのか、またその変化がどのような意義を持つのかという点であった。そんな中、劇的に組成変化を示す症例として糖尿病があった。ラットの胆汁酸組成は主にコール酸とムリコール酸であるが、糖尿病ラットでは胆汁酸プール量の増大とコール酸の生成割合の著しい増加が見られる。胆汁酸がどのような代謝変化により組成変化を起こすのかを、小倉教授の開発された摘出肝灌流法を用いて、当教室の綾木義和先生、木村宏二先生らとともに解明した。まず、胆汁酸の代謝中間体として7α-ヒドロキシコレステロール(3)、3α,7α-ジヒドロキ-5β-コレスタン(4)等を注入し、コール酸代謝の変化を調べた。また、ケノデオキシコール酸から生成される β-ムリコール酸生成についても[24-14C]ケノデオキシコール酸、[24-14C]α-ムリコール酸を注入して検討した(5)。その結果、糖尿病ラットでは7α-ヒドロキシ-4-コレステン-3-オンに特異的な12α-水酸化酵素の活性は低下し、3α,7α-ジヒドロキ-5β-コレスタンを経るコール酸の生成反応が亢進すること、またケノデオキシコール酸代謝では、6β-水酸化によるα-ムリコール酸の生成と7α水酸基の7β-位への反転によるβ-ムリコール酸への変換が抑制され、全体的にコール酸の生成割合が増加していることを明らかにした(6)。その他、Vanadate投与や回腸切除などの胆汁酸組成変化がおこる事例(7-9)について、いくつか検討を行った。


 小倉教授退官後は新しく山田一夫教授が着任され、ペニシリンの吸収機構に関する研究のほか、胆汁酸代謝の研究を継続させていただいた。胆汁中胆汁酸組成変化は、一次胆汁酸代謝だけではなく二次胆汁酸の変化も加えた総合的な結果であるため、腸内細菌による変化も考慮しなければならないと考えた。しかし、細菌研究はほとんど素人であったため、当時ステロイド医学研究施設の助教授をされていた山家誠夫先生に相談したところ、塩野義製薬の内田清久先生を紹介していただいた。多くのことをご教授いただき、Escherichia coli(10-12)やBacteroides(13)の新しい胆汁酸変換能を明らかにした。


 腸内細菌の研究では東京大学の伊藤喜久治先生からもご指導いただき、2008年からは神戸女子大学に研究の場を移し、腸内細菌によるウルソデオキシコール酸の生成(14)に関して、内田先生とともに共同研究を行っている。


 1. Ogura M, Yamamoto Y, Ogura Y. A new simple temperature-controlled membrane oxygenator for the perfusion of isolated rat livers. Experientia. 41: 139-141, 1985.
 2. Ogura M. Suplementa studo pri kolumna kromatografio de galacidoj sur silicate acido. Medicina Internacia Revuo 16: 24-31, 1994.
 3. Ogura Y, Ito T and Ogura M. Effect of diabetes and of 7α-hydroxycholesterol infusion on the profile of bile acids secreted by the isolated rat livers. Biol. Chem. Hoppe-Seyler. 367: 1095-1099, 1986.
 4. Kimura K, Ogura Y and Ogura M. Increased rate of cholic acid formation from 3α,7α-dihydroxy-5β-cholestane in perfused livers from diabetic rats. Biochim. Biophys. Acta. 963: 329-332, 1988.
 5. Ogura Y and Ayaki Y. Effect of diabetes on the metabolism of chenodeoxycholic acid in isolated perfused rat liver. Biol. Chem. Hoppe-Seyler. 368: 813-817, 1987.
 6. Ogura M, Ayaki Y, Kimura K and Ogura Y. Alteration of bile acid metabolism in experimental animals with diabetes: a minireview. Yonago Acta medica. 32: 201-214, 1989.
 7. Ogura Y, Suzuki T, Yamamoto Y and Ogura M. Effect of vanadate on the metabolism of bile acid in diabetic rats. Biol. Chem. Hoppe-Seyler. 372: 345-349, 1991.
 8. Kimura K, Ogura Y and Ogura M. Biosynthesis of cholic acid accelerated by diabetes: its mechanism and effect of vanadate administration. Biochim. Biophys. Acta. 1123: 303-308, 1992.
 9. Ogura Y, Kimura K, Ogura M, Miyamoto K and Nakabou Y. Metabolism of 5β-cholestane-3α,7α-diol in ileectomized Rats. Biol. Chem. Hoppe-Seyler. 374: 1123-1127, 1993.
10. Ogura Y, Yamaga N, Kido Y, Yamada K and Uchida K. Aerobic and anaerobic biotransformation of bile acids by Escherichia coli (Ⅰ). Bioscience Microflora. 22: 133-137, 2003.
11. Ogura Y, Yamaga N, Kido Y, Yamada K and Uchida K. Aerobic and anaerobic biotransformation of bile acids by Escherichia coli (Ⅱ): no conversion of α-muricholic acid by 7α-hydroxysteroid dehydorogenase of E. coli. Bioscience Microflora. 24: 41-44, 2005.
12. Ogura Y, Takei T, Yamaga N, Yamada K and Uchida K. Aerobic and anaerobic biotransformation of bile acids by Escherichia coli (Ⅲ). Yonago Acta medica. 49: 71-75, 2006.
13. Ogura Y, Takei T, Suzuki T, Yamaga N, Itoh K, Yamada K and Uchida K. Biotransformation of bile acids by Bacteroides sp. strain T-40 isolated from human microflora. Yonago Acta medica. 50: 33-40, 2007.
14. Ogura Y, Itoh K, Inagaki K, Suzuki T and Uchida K. Conversion of chenodeoxycholic acid to ursodeoxycholic acid by the combination of Bacteroides sp. T-40 and Clostridium innocuum T-94. 神戸女子大学家政学部紀要. 49: 11-17, 2016.