1960年ごろの製薬企業に於ける研究の一つの大きな分野は、ステロイド及びステロールであった。豊富なコレステロールや植物ステロールを原料にして副腎皮質ホルモンを如何に安価に合成するか、経口避妊薬を如何に開発するか、動脈硬化症を如何に克服するか、などが研究対象であった。当時、動脈硬化症は女性が低いと考えられていた。女性ホルモンがどのような機構で関与するのか、その成果から動脈硬化症を予防できる手段が探せるのではないか、これが私の研究テーマになった。1959年の事である。
Estrogenをラットに投与すると確かに血中コレステロール値は低下した(1)。この作用が発現するためには下垂体が必要であり、下垂体摘出ラットではEstrogenのコレステロール低下作用は発現しなかった。下垂体の何が必要かを調べたところ、Growth hormoneが必要な事が判った(2)。Prolactin にも弱いながらその効果が認められた。何故Growth hormoneが必要なのかも面白い研究テーマであったが、Estrogenで低下した血中コレステロールは何処に行くか、という点も気になった。調べてみると肝に蓄積することが判った。肝に蓄積したコレステロールは胆汁酸に代謝されて肝から排泄されていることも知った。このような事から胆汁酸研究に足を踏み入れることになった(3)。
上述の論文を書く頃から、ようよう糞便や生体試料中の胆汁酸を定量測定出来るようになり、動物一個体当たりのステロールや胆汁酸量を検討出来るようになった。当時のシオノギ研究所がステロイドの化学合成に力を入れていた事も有り、胆汁酸の標品を比較的容易に入手出来た事も幸いと云うより感謝すべき事であった。動物実験の成績をヒトに外挿出来るかという問題は常に議論の対象であった。その解答になる訳ではないが少しでも近づく方策として、ラットの生涯に渉るコレステロール・胆汁酸代謝の変化を調べ、その上で種々の病態動物の変化を検討する事にした。ラットの寿命は3年ほどであるが、そのような動物を入手するのはかなり大変であった。が、幸いシオノギ研究所には実験動物を繁殖・飼育する部門が有り、その協力も得て老齢ラットを容易に実験に使う事が出来た。
その結果、ラットでは加齢に伴いコール酸(CA)が増加しケノデオキシコール酸(CDCA)が低下するので、両者の比CA/CDCAは直線的に増加する事が判った(4, 5)。これは最終的にはパラビオーセ実験でも確認出来た(6)。即ち、糞便中のCA/CDCA比は老齢ラットが高いが、若年ラットとパラビオーゼするとその比が低下する。糞便中胆汁酸は肝の胆汁酸生合成を表現する指標であるので、若いラットの何が胆汁酸生合成比に関係するかは興味深い問題であるが、解明する迄に至らなかった。憶測であるが、先にEstrogenのコレステロール低下作用が発現するためにはGrowth hormoneが必要であるとする成績を発表したが(2)、この場合もGrowth hormoneが関与しているかもしれない。また、後で触れるが甲状腺ホルモンやインスリンもその要因になり得ると考えている。ラットの生涯に渉る胆汁酸代謝の変化はとりも直さず加齢に伴う変化と同じことであり、東京都老人総合研究所で老化研究の実験をしていた同級生の木谷健一博士と同じ種の実験をしていた事になる。そこで彼とは頻繁に会い、意見を交換し、議論出来た事は有り難い事であった。木谷健一博士の主催する年に一度の“Liver and Aging”のシンポジウムは実りの多いものであった。
コール酸とケノデオキシコール酸の生成比は甲状腺ホルモンでも変化し、CA/CDCA比は低下した(3)。また、糖尿病動物ではコール酸の生成が亢進するが逆にケノデオキシコール酸の生成は抑制され、コール酸のプールサイズが著しく増加する事を明らかにした(7)。その結果、糖尿マウスではコレステロール胆石が発症し(8)、糖尿ラットでは動脈硬化様病変が発症した(9, 10)。これらの変化はコール酸のコレステロール吸収促進作用に原因すると考えられる。また、これらの変化はインスリンで改善される事も判った(11)。胆汁酸は脂質とミセルを形成しその吸収を促進する。ラットにコレステロールを投与しただけでは血中コレステロール値はほとんど増加しないが、胆汁酸を同時に投与すると増加する。しかし、その作用はコール酸やデオキシコール酸のみに認められ、ケノデオキコール酸やそれに関連するムリコール酸、ヒオデオキシコール酸、ウルソデオキシコール酸、リトコール酸などではほとんど認められないことも明らかに出来た(12, 13)。従って、胆汁酸組成が変化し血中コレステロール値が増加するのは、コール酸の生成亢進が見られた場合のみである。
自然発症高血圧ラット(SHR)のコレステロール・胆汁酸代謝の成績も興味を引くものであった(14)。コレステロール負荷後の血中や肝のコレステロール値、胆汁中のコレステロール、リン脂質、胆汁酸の分泌量、糞便中への胆汁酸排泄量、プールサイズなどは、SHRが対象ラット(NR)よりも高値であった。SHRの血圧は生後6-7週令位から増加し、15-16週令で安定高値に達するが、胆汁分泌量は血圧の増加にほぼ一致して増加することが判った。しかし、血圧と胆汁分泌や胆汁酸代謝との関係についてこれ以上の研究は遂行出来ていない。
血中では胆汁酸はアルブミンと結合していると考えられている。 人では稀であるが、ラットにもアルブミンを持たない種類が有る。無アルブミンラットの胆汁酸代謝を調べたが、ほとんど変化が見られなかったのは意外であった(15)。
次いで、胆汁酸の腸肝循環に係わる消化関連諸臓器の関与、即ち、胆管結紮(16, 17)、肝部分切除(18, 19)、回腸バイパス(20, 21)、空腸及び回腸切除(22, 23)、大腸切除(24)、胃空腸吻合(25)、胃切除(26)などを行った実験動物を用いて、胆汁酸代謝の変化を明らかにした。これらの実 験は神戸大学、京都大学、兵庫医科大学のグループとの共同研究であった。成績の概略は別著(27)に記載したが、著しい変化は回腸切除後のプールサイズの低下であった。また、大腸切除では回腸切除ほどではないが矢張りプールサイズが減少し、糞便中の二次胆汁酸がほとんど消失した。
胆汁酸吸収を阻害する薬剤も胆汁酸代謝に影響する。ラットにコレスチラミンを投与して胆汁酸吸収を阻害すると、胆汁中リン脂質と胆汁酸分泌量は低下したが、コレステロール分泌量には変化が無く、lithogenic indexは増加する結果となった。一方、糞便中へのステロールや胆汁酸の排泄量は著しく増加し、コレスチラミン投与ラットでは胆汁酸の生合成が亢進することが明らかになった。しかし、胆汁中への胆汁酸分泌量は低下するので、腸管からのコレステロール吸収は低下していると推測した(28)。臨床的にもヒト回腸切除後の胆汁酸量及び組成の変化を明らかにし(29)、慢性閉塞性黄疸患者に於ける黄疸解除後の減黄効果の判定には血中の3β-hydroxychol-5-enoic acidの減少が有用であることも明らかにした(30)。
胆汁酸は腸肝循環を行うので腸内細菌の影響を強く受ける。我が国ではシオノギ研究所(後に岡山大学に移る)の早川昌平博士(31, 32)が、少し 遅れて鹿児島大学の平野清寿教授ら(33)が腸内細菌による胆汁酸の変換については先駆的な報告を行っていたが、我々も東京大学農学部の伊藤喜久治教授、理研の辨野義巳博士らと腸内細菌の胆汁酸に対する作用を研究の対象にした。そして、fusiform bacteria(clostridia)は7α-脱水酸化活性を持つ事(34)、Bacteroides vulgatusやClostridium ramosumはタウリン抱合のβ-ムリコール酸を水解する時にΔ22-β-ムリコール酸を生成する事(35)、Clostridium perfringensやBacteroides fragilisの水解酵素は基質特異性が低いが、Bacteroides vulgatusの水解酵素はタウリン抱合のケノデオキシコール酸に高い基質特異性を持つ事(36)などを明らかにした。水解酵素の基質特異性については、富山医科薬科大の小橋恭一教授らもタウリン抱合胆汁酸、或はグリシン抱合胆汁酸に基質特異性の高い活性を示す腸内細菌が有る事を報告していた(37)。
予想された事であるが、抗生物質を投与すると腸内細菌は死滅し、二次胆汁酸は減少する。ラットにβ-ラクタム抗生剤を投与し、その後の腸内細菌叢の変化と胆汁酸代謝の変化も検討した(38)。一週間投与後には多くの腸内細菌は消失し、二次胆汁酸も消失したが、抗生剤投与を中止すると腸内細菌は速やかに回復した。二次胆汁酸の回復には個体差が見られ、速やかに戻るものと回復が遅延するものがあったが、一般的には投与中止後6週でほぼ投与前値に戻った。これはヒトに於いてもほぼ同様の成績が得られた(39)。
鳥取大学山田一夫教授、神戸女子大学小倉嘉夫教授らと行った実験では、大腸菌はin vitroの培養系で遊離型、抱合型の区別なく一次胆汁酸の7α-OH を7=Oに酸化し、逆に7=Oを7α-OHに還元する活性を持ち、嫌気条件ではほぼ50%で平衡に達するが、好気的条件では還元活性が低い事、その時、抱合胆汁酸は脱抱合されることなく抱合型のままで脱水素反応を受けることも明らかにした(40, 41)。しかし、ラットやマウスの肝で生成されるα-ムリコール酸の7α-OHは大腸菌で酸化されなかった(42)。更に、胆汁酸の7α-OHを7=Oに酸化するBacteroides sp. T-40及び7=Oを7β-OHに還元するClostridium innocuum T-94をヒト糞便より単離し、両者を一緒に培養するとCDCAを効率よくUDCAに変換出来ることも明らかにした(43)。
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