穂下剛彦先生の胆汁酸研究業績

宇根 瑞穂

広島国際大学薬学部


 日本における胆汁酸研究のルーツはH. Wieland教授のもとに留学されていた清水多栄先生です。帰国後、岡山大学で胆汁酸研究を展開され、その門下生のひとりである数野太郎先生、その後穂下剛彦先生へと受け継がれ、日本における胆汁酸研究の系譜が継承されてきました。
 穂下剛彦先生は、広島大学医学部生化学教室の数野太郎先生の下で胆汁酸の化学構造に関する研究に従事され、1969年新設された広島大学医学部薬学科(現薬学部)の教授に就任された後も、化学合成、分析、更には生化学的手法を用いて胆汁酸の比較生化学をメインテーマに研究を進めてこられました。
 数野先生の広島大学医学部生化学教室における業績紹介を穂下先生が記されておられますので、私が穂下先生の広島大学薬学部の教授にご就任された後の業績を紹介させて頂きます。


(1)胆汁酸、胆汁アルコールの化学構造と生合成の研究

 各種脊椎動物の胆汁中に存在する胆汁酸、胆汁アルコールの化学構造を明らかにし、脊椎動物の系統樹に照らし合わせて脊椎動物の進化と胆汁塩の変遷を明らかにするという、胆汁酸の比較生化学的見地より研究を展開した。更に、各種動物における胆汁酸、胆汁アルコールの生合成に関する知見を加え、哺乳動物におけるコレステロールから胆汁酸の生合成経路は、脊椎動物の進化に伴なった胆汁塩の化学構造の変遷を再現していることを立証した。最も下等とされる無顎類のヌタクラウナギに始まり、魚類、両生類、爬虫類の各種動物の胆汁分析を行い、数多くの新規胆汁酸、胆汁アルコールの化学構造を確定している。



(2)胆汁酸生合成異常症に関する研究

 1974年、脳腱黄色腫症患者(CTX)に大量の胆汁アルコールが蓄積していると報告されて以降、穂下先生のもとに本疾患の鑑別診断のために分析依頼が多く寄せられてきた。胆汁のみならず、採取が容易な尿及び血液サンプル中にも、健常人では認められない胆汁アルコールが多量に蓄積していることを明らかにした。CTX患者から十数種類の胆汁アルコールが見出されているが、その殆んどは穂下先生により決定されたものである。これらの化学構造から、胆汁酸生合成過程における特定の酵素の先天的な欠落による代謝異常症であることを明らかにすると共に、胆汁アルコールの腸管吸収機序を解明することにより、CTX患者における胆汁アルコールの動態解明の一助とした。また、Zellweger症候群などの先天性ペルオキシソーム欠損症患者に見出された十数種類の高級胆汁酸の大半の化学構造を決定し、この疾患における胆汁酸合成経路の異常段階を明らかにした。



(3)胆石溶解剤に関する研究

 1970年度前半、CDCAまたはUDCAの経口投与による胆石の溶解が試行されたが、両胆汁酸の腸管吸収、体内分布、肝及び腸内細菌による代謝、体外への排泄などについて詳細に検討を行ない、その安全性を確立した。更に、より安全で有効な胆石溶解剤の開発を目指して、CDCA及びUDCAの各種同族体、類縁体を化学合成し、それら自身の生体内動態やコレステロール・胆汁酸代謝に及ぼす影響を検討した。考案・開発した化合物は、7-アルキル胆汁酸、サルコシン抱合胆汁酸、胆汁酸のカルボキシル基をスルホン酸に置換したスルホン酸アナログなど多種多様の誘導体で、いずれも腸内細菌による代謝などに抵抗するものであった。



 以上、穂下剛彦先生が広島大学薬学部で遂行された研究のうち3つの研究領域に絞ってその業績を辿ってみました。その他にも胆汁酸研究領域にインパクトのある研究成果もありますが、紙面の都合で割愛させていただきました。