私の胆汁酸研究の概略

宇根 瑞穂

広島国際大学薬学部


 私は広島大学医学部薬学科(現薬学部)の穂下剛彦教授に卒業論文、修士論文のご指導を受け、胆汁酸研究の第一歩を踏み出しました。卒業研究のテーマは脊椎動物で最も下等とされる円口類に属するヌタウナギの胆汁成分分析でした。当時の分析はガスクロマトグラフィー(GLC)とマススペクトロメトリー(MS)が主流でした。1965年にHaslewoodが同属のメクラウナギの胆汁中にMixynolと命名した主胆汁アルコールがジサルフェートとして存在していることを報告しておりました。ヌタウナギ胆汁から得た粗胆汁塩をソルボリシスし、得られた胆汁アルコールをTMS誘導体としてGLCで分析しました。その結果、主成分であるMixynol以外に、その3-エピマーとそれぞれの16-デオキシ体の存在を明らかにし、Tetrahedron Lett.に報告しました(1)。この幸運が胆汁酸研究にのめり込むきっかけになったことは間違いありません。


 当時、穂下研究室に在籍しておられた倉本准教授と木平准教授は、未だ分析されていない種々の下等脊椎動物(両生類、爬虫類)の胆汁成分の分析をされておられました。この研究の速度を加速した一つにGC-MSの存在が欠かせませんでした。少量のサンプルで精度よく分析でき、極微量の成分まで構造解析することが出来ました。両生類や魚類に存在する多くの胆汁アルコールの構造は穂下研究室で明らかにされてきました。穂下研究室の強みは、標品となる胆汁アルコールや高級胆汁酸を化学合成する技術があったことです。GC-MSで得られたデータを基に導いた推定構造式を化学合成した標品で同定する。殆んどの胆汁アルコールはコール酸と同じ母核構造を有していたので、市販のコール酸を原材料として合成しました。コイの主胆汁アルコールである5α-cyprinolやウシガエルの主成分である3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholestanoic acid(THCA)が必要な際には、仲買業者や料亭に足を運んで、廃棄される胆嚢を大量に頂いてきたこともありました。私もカエルの胆汁を分析し、新規胆汁アルコールや高級胆汁酸を発見し報告することが出来ました(2, 3)。


 1974年、New Yorkに留学中の瀬戸口先生が、脳腱黄色腫症(CTX)患者に健常人には見られない胆汁アルコールが多量に蓄積していることを発見されました。その後、本邦でもCTX患者の存在が報告され、その生体試料(胆汁、尿、糞)の分析依頼が穂下研究室に来るようになり、その分析結果を次々に論文発表しました(穂下剛彦業績集)。


 研究室に活気が溢れていた当時、私は穂下教授から「哺乳動物の胆汁酸生合成経路におけるコレステロール側鎖酸化切断機構の解明」というテーマを 頂きました。コレステロールからコール酸が生合成される過程で、中間体としてTHCAが生成することは分かっておりました。しかし、この炭素数27の高級胆汁酸がどのようなメカニズムでコール酸に変換されるのかについての詳細は不明でした。脂肪酸のβ-酸化と類似の機構で側鎖が切断されるにしても、予想される中間体のα,β-不飽和酸とβ-ヒドロキシ酸には、それぞれ2種類及び4種類の異性体が存在します。即ち、胆汁酸生合成の側鎖切断過程で生成する中間体の立体構造を明らかにしなければならなかったわけです。


 先ず、α,β-不飽和酸のE及びZ型の2種の異性体の合成と単離から始めました。次いで、β-ヒドロキシ酸の4種の異性体の合成、単離、精製を行い、そ れぞれの異性体のC-24及びC-25位における絶対構造を決定しました(4)。また、ODSカラムを用いたHPLCで、4種の異性体がPBP-誘導体として分離できることを確認しました(5)。ラット肝臓ホジネートを用いてTHCAをインキュベートし、生成物をHPLCで分析した結果、α,β-不飽和酸はE型のみが、β-ヒドロキシ酸は最も遅く溶出される異性体(24R,25R)体のみが生成されることを確認できました(6)。その後、これらの酸化がミトコンドリア画分ではなくペルオキシソーム画分で行われること、ケノデオキシコール酸もコール酸と同様のメカニズムで生成することなども加えて明らかにすることができました(7, 8)。


 1983年からニューヨークのベスイスラエル医療センターのDr. Mosbachの研究室に留学したのをきっかけに、胆石溶解剤の研究開発に取り組みまし た。CDCAやUDCAが胆石の治療薬として用いられておりました。いずれも腸内細菌により肝毒性のあるリトコール酸に代謝されるため、より安全で有効な薬剤の創製を目指しました。私達は7位にアルキル基を導入することにより生じる立体障害が、7-脱水酸化反応を阻害すると考えました。7-methyl-CDCA及び7-methyl-UDCAを化学合成し(9)、ハムスターにおける代謝を検討したところ、7位水酸基の離脱がメチル基の導入により抑えられることが明らかとなりました(10)。帰国後、メチル基に代わりエチル基、プロピル基を導入した7-alkyl-CDCAsを合成し(11)、ハムスターを用いてそれらの代謝や血清コレステロール低下作用なども検討しました(12)。


 また、この時期に秋田大学小児科の田沢雄作先生からZellweger syndrome患児の胆汁酸分析の依頼を受けたのを機に、胆汁酸生合成異常症と関わるようになりました。特に、遺伝性ペルオキシソーム病の鑑別診断における高級胆汁酸の分析においては大いに貢献できたと思っています。また、各種疾患患者から多くの新規高級胆汁酸を発見報告することも出来ました(13-16)。


 2004年4月、広島国際大学に薬学部が新設され研究室を主宰することになりましたので、広島大学薬学部の旧穂下研究室から胆汁酸、胆汁アルコール の標品を全て引き継ぎました。その数年前(2000年)に胆汁酸による胆汁酸生合成のネガティブフィードバック機構が分子レベルで解明されました。CYP7A が核内受容体FXRの活性化を介して発現抑制され、内因性胆汁酸がFXR のリガンドとして機能しているというものです。また、胆汁酸の中でもCDCAが最も強いリガンドであったことから、再び、7-alkyl-CDCAsをはじめとする胆汁酸誘導体、類縁体に加えて所蔵する高級胆汁酸や胆汁アルコールのFXR活性化能について網羅的に検討しました。ステロイド母核の水酸基の数と位置、更に側鎖鎖長並びに水酸基の数と位置など、構造-活性相関について一定の成果を挙げることが出来ました(17-20)。2006年、胆汁酸がGPCRの一種TGR5のリガンドとしてシグナル伝達に関与していることも報告されましたので、所蔵する化合物を用いてFXRと同様に構造-活性相関を検討し発表しました(21, 22)。


 振り返ってみると、胆汁酸研究にもいくつかのブレイクスルーとなる研究成果がありました。また、その殆んどが日本の研究者によるものであり、胆汁酸研究は日本がリードしてきたといっても過言ではないでしょう。私はその恩恵を受けてここまでこられたことを改めて感じております。


REFERENCE

 1. Une M, Kihira K, Kuramoto T, et al. Two new bile alcohols, 3-epimyxinol and 3-epi-16-deoxymyxinol from the hagfish, Heptatretus burgeri. Tetrahedron Lett. 2527-2530, 1978.
 2. Une M, Matsumoto N, Kihira K, et al. Bile salts of bullfrogs: a new higher bile acid, 3α,7α,12α,26-tetrahydroxy-5β-cholestanoic acid from the bile of Rana plancyi. J. Lipid Res. 21: 269-276, 1980.
 3. Une M, Kuramoto T and Hoshita T. The minor bile acids of the toad, Bufo vulgaris formosus. J. Lipid Res. 24: 1468-1474, 1983.
 4. Une M, Nagai F, Kihira K, et al. Synthesis of four diastereoisomers at carbons 24 and 25 of 3α,7α,12α,24-tetrahydroxy-5β-cholestan-26-oic acid, intermediates of bile acid biosynthesis. J. Lipid Res. 24: 924-929, 1983.
 5. Une M, Nagai F and Hoshita T. High-performance liquid chromatographic separation of higher bile acids. J. Chromatogr. 257: 411-415, 1983.
 6. Une M, Morigami I, Kihira K, et al. Stereospecific formation of (24E)-3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholest-24-en-26-oic acid and (24R,25S)-3α,7α,12α,24-tetrahydroxy-5β-cholestan-26-oic acid from either (25R)- or (25S)-3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholestan-26-oic acid by rat liver homogenate. J. Biochem. 96: 1103-1107, 1984.
 7. Une M, Izumi N and Hoshita T. Stereochemistry of intermediates in the conversion of 3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholestanoic acid to cholic acid by rat liver peroxisomes. J. Biochem. 113: 141-143, 1993.
 8. Une M, Inoue A, Kurosawa T, et al. Identification of (24E)-3α,7α-dihydroxy-5β-cholest-24-enoic acid and (24R,25S)-3α,7α,24-trihydroxy-5β-cholestanoic acid as intermediates in the conversion of 3α,7α-dihydroxy-5β cholestanoic acid to chenodeoxycholic acid in rat liver homogenates. J. Lipid Res. 35: 620-624, 1994.
 9. Une M, Cohen BI. and Mosbach EH. New bile acid analogs: 3α,7α-dihydroxy-7β-methyl-5β-cholanoic acid, 3α,7β-dihydroxy-7α-methyl-5β-cholanoic acid, and 3α-hydroxy-7-methyl-5β-cholanoic acid. J. Lipid Res. 25: 407-410, 1984.
10. Une M, Singal AK, McSherry CK, et al. Metabolism of 3α,7α-dihydroxy-7β-methyl-5β-cholanoic acid and 3α,7β-dihydroxy-7α-methyl-5β-cholanoic acid in hamsters. Biochim. Biophys. Acta. 833: 196-202, 1985.
11. Une M, Yamanaga K, Mosbach EH, et al. Synthesis of bile acid analogs: 7-alkylated chenodeoxycholic acid. Steroids. 53: 97-105, 1989.
12. Une M, Yamanaga K, Mosbach EH, et al. Metabolism of 7β-alkyl chenodeoxycholic acid analogs and their effect on cholesterol metabolism in hamsters. J. Lipid Res. 31: 1015-1021, 1990.
13. Une M, Tazawa Y, Tada K, et al. Occurrence of both (25R)- and (25S)-3α,7α,12α-trihydroxy-5β-cholestanoic acids in urine from an infant with Zellweger's syndrome. J. Biochem. 102: 1525-1530, 1987.
14. Une M, Tsujimura K, Kihira K, et al. Identification of (22R)-3α,7α,12α,22- and (23R)-3α,7α,12α,23- tetrahydroxy-5β-cholestanoic acids in urine from a patient with Zellweger's syndrome. J. Lipid Res. 30: 541-547, 1989.
15. Une M, Kisaka N, Yoshii M, et al. Identification of 3α,6α,7α,12α-tetrahydroxy-5β-cholestanoic acid in Zellweger's syndrome. J. Biochem. 106: 501-504, 1989.
16. Une M, Konishi M, Suzuki Y, et al. Bile acid profiles in a peroxisomal D-3-hydroxyacyl-CoA dehydratase/D-3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenase bifunctional protein deficiency. J. Biochem. 122: 665-668, 1997.
17. Fujino T, Une M, Imanaka T, et al. Structure-activity relationship of bile acids and bile acid analogs in regard to FXR activation. J. Lipid Res. 45: 132-138, 2004.
18. Nishimaki-Mogami T, Une M, Fujino T, et al. Identification of intermediates in the bile acid synthetic pathway as ligands for the farnesoid X receptor. J. Lipid Res. 45: 1538-1545, 2004.
19. Nishimaki-Mogami T, Kawahara Y, Tamehiro N, et al. 5α-Bile alcohols function as farnesoid X receptor antagonists. Biochem. Biophys. Res. Commun. 339: 386-391, 2006.
20. Iguchi Y, Kihira K, Nishimaki-Mogami T, et al. Structure-activity relationship of bile alcohols as human farnesoid X receptor agonist. Steroids. 75: 95-100, 2010.
21. Iguchi Y, Kihira K, Nishimaki-Mogami T, et al. Bile alcohols function as the ligands of membrane-type bile acid-activated G-protein-coupled receptor. J. Lipid Res. 51: 1432-1441. 2010.
22. Iguchi Y, Nishimaki-Mogami T, Yamaguchi M, et al. Effects of chemical modification of ursodeoxycholic acid on TGR5 activation. Biol. Pharm. Bull. 34: 1-7, 2011.